私達は既に知っている

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これまで、感情が極限まで高ぶった時(物凄く怒ってる時とか)や憔悴しきった時等に自分を観察する「私」を感じたことはないですか?

怒り狂っているのに頭(もしくは心)のどこかは冷静に観察してたり…とか。

 

この感覚は結構昔からあったんですが、最近までこれが「もう一人の自分」「本当の私」とは認識していませんでした。
理解した時、探し求めていたものはずっと目の前にあったんだと感じました。

まさにあちこち眼鏡を探していたが、眼鏡はずっと頭の上に乗ってたとか、読んだ本から引用すると宝石を探し求めてさまよい続けていたが、宝石はずっと自分のポケットに入っていたという感じです。

 

宝石は隠されてはいませんが、探し求めなければ見つからないようです。
旅へ出る動機は不純でも構わないと思います。私もそうでしたし。

ちなみにエゴ目線でも面白いことが色々起きました。
例えば、予想もしていないところからお金が入ってきたりとか。世界が勝手にお膳立てしてくれるので、それをただ受け取るという感じです。
(勿論「もっともっと!」とエゴは騒ぎますが、同化していないのでとても自由で楽です)

 

「もう一人の自分」「本当の私」を認識するために物凄く感情的になれ!とは言いませんが、似たような感覚を感じたことがないか、思い出してみるのも面白いかもしれません。

勿論なくても大丈夫です。
あわてないあわてない。ひとやすみひとやすみです。

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Void

このブログの中の人。昔の漫画・アニメ・ゲームが好きです。

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