群集者スイミー

スピ系なこと

我々が慣れ親しんでる「私」とは誰でしょうか。
身体でしょうか?心でしょうか?

身体は「私の」身体であって、私そのものではありません。
そもそも身体って素粒子が集まって細胞となり、細胞が集まって各パーツを形成し、その総称としてそう呼んでいるだけです。物質全てがそうですね。

言わばただの素粒子の集合体であるこの肉体を「私の身体」と名付けて1個体だと思っているだけです。
前に紹介した般若心経(現代語訳)がわかりやすいです。

スイミーって絵本で小魚たちが集まって大きな魚のふりをして身を守るという部分がありますが
ただの小魚の集まりなのに、己をでっけえ魚だと勘違いしている…ような感じです。

果たしてこの集合体は「私そのもの」と言えるのでしょうか?

 

心はどうでしょう。
これは非常にわかりにくいかもしれませんが、よーく観察すると記憶や五感等の刺激に対するただの反応の集まりだということがわかります。

瞑想してると、抑えようと思っても勝手に雑念が湧き出てきます。
変ですよね。心が本当に「私」なら、「私」が抑えようと思えば抑えられるはずだと思いませんか?

果たしてそれは本当に「私そのもの」と言えるのでしょうか?

 

身体でもなく心でもない、それなのに残るこの「私」という存在とは?
という感じで武装解除していくと、ある日ハッ!と気付く時が訪れるかもしれません。
がんばんなさいネー